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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11590号 判決 1989年9月29日

原告

株式会社アデランス

被告

山口勤

右当事者間の昭和60年(ワ)第11590号損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告は、原告に対し、四万円及びこれに対する昭和60年11月15日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五〇六五万四二四〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有する。

特許番号 第986150号

発明の名称 部分かつら

出願 昭和51年9月30日

出願公告 昭和54年6月25日

登録 昭和55年2月7日

2  本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)の該当項記載のとおりである。

3  本件発明は、次の構成要件からなるものである。

A 柔軟性に富む適宜肉厚の材料からなるかつら本体の外面に多数の毛髪を植設するとともに、内面の任意位置に数個の止着部材を有してなる部分かつらにおいて、

B 前記止着部材が反転性能を有する彎曲反転部材と、

C 該彎曲反転部材に櫛歯状に形成連設された多数の突片と、

D 前記彎曲反転部材の反転運動に伴い前記多数の突片と係脱する摩擦部とからなり、

E 各突片が彎曲反転部材の反転に伴い倒伏したとき、摩擦部との間に脱毛部周辺の毛髪を挾圧保持する構成とした

F ことを特徴とする部分かつら。

4  被告は、昭和56年4月ころから、別紙目録記載の部分かつら(以下「本件かつら」という。)を販売している。

5(一)  本件かつらの構造は、次のとおりである。

(1) ほぼ中央に吸湿吸汗用の不織布を有し、弧状に突出した前縁部2aと該前縁部の曲率半径より大きい曲率半径をもつて対向方向に突出したほぼ円弧状の後縁部2bとを有する薄肉の柔軟合成樹脂材でなるかつら本体2と、該かつら本体2の凸状外面に植設された毛髪4と、凹状内面の上記後縁部2bに当該周縁をほぼ四等分する位置に対向して対をなすように付設されたそれぞれ同一形状の四個の止着部材3とからなる部分かつらにおいて、

(2) 前記止着部材3が、予めほぼU字状に形成された金属薄板の両自由端を互いに牽引して、これら両自由端に形成された内向突片を互いに重合固定して弓形状の彎曲状になした彎曲反転部材5と、

(3) 金属細線でなり、基端部6aを前記彎曲反転部材5の一方の脚片5aの上面に溶接するとともに、中央部6bを立ち上がらせ、次いで、先端部6cを下降させるとともに、該先端部6cに球状部6dを連接して形成した一〇本の櫛歯状の突片6と、

(4) 前記彎曲反転部材5の他方の脚片5bに、長方形状の角筒に形成した軟質合成樹脂材を被覆し、かつ、その全周において長手方向沿いに複数の溝が凹設された、前記彎曲反転部材5の反転運動に伴つて前記一〇本の突片6と係脱する摩擦部7と、

(5) 前記彎曲反転部材5の両側下面において、該彎曲反転部材5の幅広面5c及び内向突片にそれぞれ穿設した透孔を介して鳩目により鋲着された一対の軟質合成樹脂材の取付部材12a、12bの裏面を、前記かつら本体2の凹状内面に糊着することにより、

(6) 各突片6が彎曲反転部材5の反転に伴い倒伏したとき、前記摩擦部7との間に脱毛部周辺の毛髪を挾圧保持する構成とした

(7) 部分かつら。

(二)  本件かつらの構造(1)は本件発明の構成要件Aを、本件かつらの構造(2)は本件発明の構成要件Bを、本件かつらの構造(3)は本件発明の構成要件Cを、本件かつらの構造(4)は本件発明の構成要件Dを、本件かつらの構造(6)は本件発明の構成要件Eを、本件かつらの構造(7)は本件発明の構成要件Fをそれぞれ充足しているから、本件かつらは、本件発明の技術的範囲に属するものである。

6  被告は、故意又は過失により、本件かつらを販売して本件特許権を侵害した。

原告は、本件発明の構成を備えた部分かつらを独占的に製造販売しているので、被告が本件かつらを販売しなければ、その分原告が販売しえたはずであるから、被告の販売個数について、本来原告が製造販売すれば得られたであろう利益を喪失した。ところで、被告は、昭和56年6月から同60年6月までの間に、毎月平均一三個、合計六三七個の本件かつらを販売し、一方、原告は、本件発明の構成を備えた部分かつらを一個当たり四九万七〇〇〇円で販売し、右販売価格の一六%に当たる七万九五二〇円の利益を得ているものであるから、原告は、被告の右行為により、一個当たり利益七万九五二〇円に販売個数六三七を乗じた五〇六五万四二四〇円の得べかりし利益を喪失し、右同額の損害を被ったものである。また、原告は、被告が本件かつらの販売行為により得た利益の額を自己が受けた損害の額として請求することもできるところ、被告は、前記期間内に合計六三七個の本件かつらを一個当たり四九万七〇〇〇円で販売し、これにより、売上総額の一六%に当たる五〇六五万四二四〇円の利益を得たものである。したがつて、原告は、被告に対し、被告の前記侵害行為により被つた損害として、右の原告の得べかりし利益の額ないしは被告が侵害行為により得た利益の額を損害の額として請求する。

7  よつて、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償として、五〇六五万四二四〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否及び主張

1(一)  請求の原因1及び2の事実は認める。

(二)  同3の事実は否認する。

(三)  同4の事実は否認する。ただし、原告の依頼により顧客を装つて被告の店舗を訪れた者が、被告に対し、別紙目録記載の止着部材を被告調整の部分かつらに取り付けるように執拗に懇願したことがあつた。被告は、このとき一度だけ、やむなく右顧客の要望に応じ、調整済みの部分かつらに他の顧客が被告の手元に残していつた右止着部材を取り付け、右顧客に対し、本件かつらを販売したことがある。この者は、三牧司という偽名を用いていたが、本名は平木隆夫といい、カタログないし商品収集業務の代行、マーケテイングリサーチ等を業とする者であることが後に判明した。

(四)  同5及び6の事実は否認する。

2  被告が本件かつらを販売したのは、前述のとおり、ただ一回だけであるが、それは、原告が自ら招いたものであるから、被告の右販売行為がなければ原告の販売行為があつたという関係にあるとはいえない。また、このような場合は、原告には損害はないというべきであり、被告が右の行為により得た利益の額を、原告の損害の額と推定すべきではない。

第三証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1の事実及び被告が本件かつらを少なくとも一個販売した事実は、当事者間に争いがない。

二  請求の原因2の事実は当事者間に争いがなく、右争いがない事実と成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によれば、本件発明は、請求の原因3記載の構成要件からなるものであると認められる。

三  別紙目録の記載によれば、本件かつらの構造は、請求の原因5(一)のとおりであることが認められる。右の本件かつらの構造及び前掲甲第二号証によれば、本件かつらの請求の原因5(一)(1)の構造は本件発明の構成要件Aを、同5(一)(2)の構造は本件発明の構成要件Bを、同5(一)(3)の構造は本件発明の構成要件Cを、同5(一)(4)の構造は本件発明の構成要件Dを、同5(一)(6)の構造は本件発明の構成要件Eを、同5(一)(7)の構造は本件発明の構成要件Fをそれぞれ充足するものと認めることができる。したがつて、本件かつらは、本件発明の技術的範囲に属するものというべきである。

四1  成立に争いのない甲第六号証、第一〇号証の一、二、乙第三号証の一、二、証人安藤正昭の証言及び被告本人尋問の結果によれば、(1)被告は、金沢市野町二丁目一番四八号所在の店舗において、個人として、理容業及びかつら販売業を営んでいるものであること、(2)訴外平木隆夫は、ワールドサンプリングセンターなる名称で情報収集業務を営んでいるものであるが、原告から調査を依頼されて、昭和60年2月18日、顧客を装つて被告の前記店舗を訪れ、被告に対し、一般の顧客と変るところのない通常の態度で本件かつらを注文したところ、被告は、右の注文を受けて、二五万円で本件かつらを平木に販売することとし、同日、手付金として一〇万円を受領し、同年3月14日、残金一五万円を受領して、本件かつらを平木に引き渡したこと、(3)被告は、年間六〇個位のかつらを販売するが、かつらの中には、全体かつらと部分かつらとがあり、また、頭部への被着方法も、別紙目録記載の止着部材を使用する方法と、両面接着テープ又は接着剤を使用する方法等数種類の方法があること、(4)金沢簡易裁判所裁判官大西貞夫は、昭和60年5月20日、原告の申立てを容れて、被告の前期店舖において、同店舖における毛髪カルテ、顧客台帳、売上台帳及び納品書等の書類の検証を行う旨の証拠保全決定をし、同月27日、被告の同店舗において、検証を行い、被告の右店舗、物置及び右店舗内に備え付けてある八段の引出付アレンジヤーの内部を見たが、検証の目的物が存在せず、検証は不能に終わつたこと、以上の事実が認められる。そして、被告が、右(2)以外に本件かつらを販売したとの事実を認めるに足りる証拠はない。右に認定した事実によれば、被告は、業として本件かつらを一個販売したものと認められる。そして、本件かつらが本件発明の技術的範囲に属することは前説示のとおりであつて、右本件かつらの販売行為は、本件特許権を侵害したものであるから、被告は、右侵害行為について過失があつたものと推定される。

2  そこで、原告は、右侵害行為により被告が得た利益の額を自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるところ、証人安藤正昭の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第八号証によれば、原告の昭和58年3月1日から同59年2月29日までの営業期間におけるかつらの売上高は、一九六億七八二五万一四〇〇円であり、右売上高から売上原価及び販売費・一般管理費を除いた営業利益は、三三億一五七七万一二五七円であつて、その利益率は、少なくとも一六%であることが認められる。ところで、前認定のように個人で小規模に営業する被告のかつらの販売経費の売上額に占める割合は、右認定のように大規模にかつら販売業を営む原告のかつらの販売経費の売上額に占める割合よりも小さくはなつても大きくなるということは、経験則上考え難いことであるから、被告のかつらの販売額に対する利益率は、少なくとも原告の利益率の一六%を下回るものではないと認められる。そうすると、被告が本件かつらの前記販売行為により得た利益の額は、前認定の本件かつらの販売額である二五万円の一六%に当たる四万円を下らないものと認めることができる。なお、被告は、被告が本件かつらを販売したのは、ただ一回だけであるが、それは、平木が、被告に対し、別紙目録記載の止着部材を被告調整の部分かつらに取り付けるように執拗に懇願し、被告がやむなくこれに応じたからであつて、原告が自ら招いたものであるから、被告の右販売行為がなければ原告の販売行為があつたという関係にあるとはいえず、また、このような場合は、原告には損害はないというべきであり、被告が右の行為により得た利益の額を、原告の損害の額と推定すべきではない旨主張するが、平木が、被告に対し、別紙目録記載の止着部材を被告調整の部分かつらに取り付けるように執拗に懇願し、被告がやむなくこれに応じたとの事実を認めるに足りる証拠がなく、しかも、前認定の事実によると、平木は、単に調査のため顧客を装つたというだけで、被告に対し、一般の顧客と変るところのない通常の態度で本件かつらを注文したところ、被告が右の注文を受けて本件かつらを平木に販売したというのであるから、被告の平木に対する本件かつらの販売行為をもつて、原告が自ら招いたものとまでいうことはできず、したがつて、被告の右主張は、その前提を欠き、採用するに由ないものといわざるをえない。

五  よつて、原告の請求は、右四万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和60年11月15日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条及び九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 設楽隆一 裁判官 長沢幸男)

<以下省略>

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